名古屋高等裁判所 昭和50年(ネ)582号・昭50年(ネ)523号 判決
主文
原判決中控訴人ら(附帯被控訴人ら)敗訴の部分のうち被控訴人(附帯控訴人)に関する部分を取消す。
被控訴人(附帯控訴人)の請求を棄却する。
被控訴人(附帯控訴人)の附帯控訴を棄却する。
訴訟費用は第一、二審共被控訴人(附帯控訴人)の負担とする。
事実
一、当事者双方の申立
(一) 控訴人ら(附帯被控訴人ら、以下控訴人らという)
(控訴について)
主文第一、二、四項同旨の判決を求める。
(附帯控訴について)
主文第三項同旨の判決を求める。
(二) 被控訴人(附帯控訴人、以下被控訴人という)
(控訴について)
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
との判決を求める。
(附帯控訴について)
原判決を次のとおり変更する。
控訴人らは各自被控訴人に対して金一〇六三万四四六九円及びこれに対する昭和四八年一二月二六日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は第一、二審共控訴人らの負担とする。
との判決並びに仮執行宣言を求める。
二、当事者双方の事実上法律上の主張並びに証拠関係は、左に付加訂正するものの他は原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。
(一) 原判決五枚目裏八行目の「昭和五一年」とあるのを「昭和五二年」と、同六枚目裏五行目の「の成立」とあるのを「原本の存在並びに成立」と、同一一行目の「甲号証の成立」とあるのを「甲第一号証の原本の存在並びに成立」とそれぞれ訂正する。
(二) 控訴代理人は次のとおり述べた。
1 本件事故現場である空見セメントセンター構内には、五基のセメント積込口があり、常時二〇台以上のセメント運搬車が積込の順番を待って停車し、順番に従って待機地点に各車前進し、ここから積込口まで各車が助手などの誘導なしに後進することを頻繁に行っている場所であって、歩行者が立ち止ったり、通行すべき場所ではないのである。したがって運搬車の運転者は車内で待機しているのが通常であった。
また構内では、本件事故発生のかなり以前から電力節約のため、照明灯もほとんど使用されておらず、歩行者の危険防止の措置もその必要がないため、全くとられていない場所であった。
ところで、亡矢野泰近は、控訴会社のセメント運搬車の運転者として、本件事故の三年前から殆んど毎日右構内に出入しており、本件事故当日も、セメント運搬車を運転して右構内に停車していたものであって、同人としては同構内の状況は充分に知っていたものである。
したがって、同人としては順番がくるまで車内で待機しているべきであって、特別の用件もないのに車外に出て、右のごとき危険な場所を漫然と歩行し、あるいは立ち止るべきではなく、また必要があって車外に出た場合でも、他の運搬車の動静には充分注意すべきであった。
しかるに、同人はこれを怠り、控訴人高津敬和の運転する運搬車の後退路上に漫然と立ち止っていたため、本件事故にあったものであるから、亡矢野泰近にも本件事故について重大な過失があり、この過失は被控訴人の本件損害額の算定にあたって三割ないし五割程度しんしゃくさるべきである。
2 原判決五枚目裏三行目から六枚目表三行目までを削除し、次のとおりに改める。
労災保険法による遺族補償年金の現価金一〇一八万六〇九八円(なお控訴人の昭和五一年三月四日付準備書面に、被控訴人の損害額から控除すべき遺族補償年金の現価が一〇一八万六六一一円とあるが、一〇一八万六〇九八円の誤記と認める。―以下同じ)
控訴会社は本件事故について、運行供用者責任を負うとともに、亡矢野泰近の使用者として労働災害補償責任を負うものであるが、政府は昭和五〇年二月二八日被控訴人に対し本件事故を原因として給付基礎日額を金四〇一一円とする遺族補償年金を支給することを決定し、同年三月三日付で被控訴人に通知したが、年金額の下限は給付基礎年額の三五パーセントであるから被控訴人はすくなくとも一年につき金五一万二四〇五円の給付を受けることが確定しているところ、被控訴人は昭和一七年四月二八日生で、右支給の時点から四三年間生存するものと推定され、その内の給付額はホフマン計算により現価に換算すると金一〇一八万六〇九八円(512.405×(22,610-2,731)=10,186,098)
となるので、この額を被控訴人の得べかりし利益の承継分より控除すべきである。
すなわち、遺族補償年金の現価が控除さるべきは、死亡被害者の逸失利益の承継取得分からであるが、もともと得べかりし利益の喪失による損害は、本来なら多年にわたり順次賠償さるべき筈のものを、一時的に解決する必要上、これを現価になおして一時に支払う義務を加害者に負わすのであるから、これとの均衡上、多年にわたり順次支給される年金を現価になおし、これを得べかりし利益の喪失による損害の現価から控除しても、何ら遺族に損害賠償債権の分割弁済を強いる不利益をこうむらせることにはならないし、衡平の理念にも違背しない。
また労災保険制度は、被災労働者や遺族の救済を目的として設けられたものであるが、その反面では、保険加入者の危険負担の分散軽減を図ることもその目的の一つとしているのであるから、保険加入者やその従業員が負うべき損害賠償額を決定するに当り、これらの者の利益をも考慮すべきは当然の理であり、損害賠償額の範囲決定にあたって依拠すべき衡平の理念にも適合するものである。
すなわち、本件の場合被控訴人に遺族年金が支給されることがすでに決定済であり、将来これが順次支給され、かつ、年金の増額もなされることが確実であるにもかかわらず、その現価が得べかりし利益の喪失による損害の現価の承継分から控除されないとすれば、同被控訴人は同一の事由によって二重の填補を受ける結果となり(加害者から損害賠償がなされた場合、労災保険法一二条の四第二項による支給停止は実務上災害発生後三年を限度としている。)、一方では保険加入者たる控訴会社は、保険加入による利益を全く受けることができなくなるが、このようなことは衡平の理念に反するばかりでなく、二重填補排除の原則にも反し、また労災保険制度の前記目的に添うものとはいえないから、右年金の現価を同控訴人が承継取得した過失利益額(もちろん過失相殺後のもの)から控除するのが相当である。
そして最高裁判所昭和五〇年一〇月二四日判決(判例時報七九八号一六ページ)は国家公務員共済組合法による遺族年金につき、前同昭和五〇年一〇月二一日判決(判例時報七九九号三九ページ)は地方公務員等共済組合法による遺族年金について、損害額から右年金の現価を控除すべき旨を判示した。右の判例は本件のような労災保険法による遺族補償年金にも適用さるべきである。
(三) 被控訴代理人は次のとおり述べた。
1 本件事故は控訴人高津敬和の一方的過失によって発生したものである。
2 政府が昭和五〇年二月二八日被控訴人に対し、本件事故を原因として、給付基礎日額を金四〇一一円とする遺族補償年金を支給することを決定し、同年三月三日付で被控訴人に通知したこと、年金額の下限は給付基礎年額の三五パーセントであるから、被控訴人はすくなくとも一年につき金五一万二四〇五円の給付を受けることが確定したことは認めるが、右年金の現価を損害賠償額から控除すべきであるとの控訴人の主張は争う。
控訴人らが摘示する最高裁判例は、公務員が死亡した場合の遺族に支給される諸給付に関するものであり、これと性質を異にする労災保険法による遺族補償年金について判示したものではない。
労災保険法による遺族補償年金の給付は、死亡した労働者の収入によって生計を維持していた遺族に対して、右労働者の死亡のため、その収入によって受けることのできた利益を喪失したことに対する損害補償と生活保障を目的とするが、労働者の遺族にとって右給付によって受ける利益は、死亡した者の得べかりし収入によって受けることのできた利益と同一同質であるとは言いえない。
したがって、労災保険法による遺族補償年金の給付決定があっても、損害賠償額からその年金の現価を控除すべきではない。
(四) 証拠関係《省略》
理由
一、被控訴人の身分関係、本件事故の発生、責任原因、損害額、過失相殺、自動車損害賠償責任保険金の受領に関する当裁判所の事実認定は、原判決の理由と同一であるからここにこれを引用する(但し原判決七枚目表六行目の「事実は」と「成立」との間に「原本の存在並びに」を挿入し、同八枚目裏四行目の「成立に」から同五行目の「ないし四」までを削除して、「前出の乙第三号証の一、二、同第五、六号証の各一、二同第七号証の一ないし四、原本の存在並びに成立に争いのない同第二号証の一、二」と改める。)。
したがって右によれば被控訴人の控訴人に対する残存債権額は金六一〇万〇一九五円及びこれに対する昭和四八年一二月二六日から支払済に至るまで年五分の割合による遅延損害金と弁護士費用金四二万円であることは明白である。
二、原判決一〇枚目表二行目から一二行目表四行目までを削除し、次のように改める。
《証拠省略》によると、本件事故は交通事故であると同時に労災事故であること、そして控訴人大石株式会社は労災保険に加入していたので、名古屋南労働基準監督署長は昭和五〇年二月二八日被控訴人に対して労災保険より一日金四〇一一円を基礎としたその三〇パーセント(昭和四九年一一月一日からは三五パーセントとなる)の年額に相当する遺族補償年金を支給すること決定し、同年三月三日付で被控訴人に右の旨を通知したこと(右監督署長が右年金支給決定をし、被控訴人に右通知をしたことは当事者間に争いがない。)、しかし被控訴人は本件事故により自動車損害賠償責任保険から損害の填補を受けたため、遺族補償年金(但し同年金のうち右の三〇パーセントで計算された三年分金一三一万七六一二円)の支給が停止されていること、遺族補償年金の統付がなされるつど、その支給された額について、国は加害者に対して求償することになっているが、労災保険給付の実務においては、右の求償は損害発生後三年を限度とする取扱となっていること、昭和五二年一月以降(但し現実の支給は同年二月期から支払われる。)は、被控訴人において加害者(加害者が使用者の被用者であるときは、使用者も含む。以下同じ。)から損害の填補を受けると否とにかかわらず、被控訴人に対して遺族補償年金が支給されるものであること、右の年金は、物価の上昇に従って増額されるものであること、被控訴人は昭和五〇年当時三二才であったこと、以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
右によれば、被控訴人が本件事故発生から三年を経過した後の昭和五二年一月から支給される遺族補償年金は、年額金五一万二四〇五円であること、及び被控訴人の平均余命は四三才であることは当裁判所に明らかなところであって、この場合の右の年金の現価はホフマン計算によって中間利息を控除すると金一〇一八万六〇九八円であることは計算上明らかである。
ところで、控訴人らは右の遺族補償年金の現価を被控訴人の本件損害賠償額の逸失利益の承継取得分から控除すべきであると主張するので、この点について検討する。
労災保険の給付は、労災事故の発生について使用者に民法上の損害賠償責任がない場合でもなされるものであるが、使用者としては民法上の損害賠償義務がある場合でも、この負担を軽減もしくは免れることを目的として労災保険に加入しているものである。
しかして労働者災害補償保険法一二条の四によると、死亡事故が第三者の行為によって生じた場合、政府が保険給付をしたときは、その給付の価額の限度で保険受給権者が第三者に対して有する損害賠償請求権を代位取得する一方、受給権者が第三者から同一の事由にもとづいて損害賠償を受けたときは、その価額の限度で給付を行う責を免れることができる旨が規定されている。
しかしながら、右の求償を、本件のような場合(同僚従業員の過失による事故)に原則どおりに適用すると、使用者は従業員相互間の加害行為による業務災害を含めて、労働基準法上の災害補償責任及び民法上の損害賠償責任を負い、その実施を確実に行うために労災保険に加入しているにもかかわらず、更に、保険給付額を負担させられる結果となり、保険利益がなくなるのみならず、二重の補償責任を負わされることになって不合理であるから、本件のような場合には、政府は保険給付を行っても、求償権の行使はしないことが、労災保険実務の取扱となっていることが、《証拠省略》により認められる。
しかして労災保険の遺族年金給付は労働者の収入によって生計を維持してきた遺族(特に死亡した労働者の妻)に対して、右労働者が死亡したため、その収入によって受けることのできた利益を喪失したことに対する損失補償及び生活保証を目的とし、かつ、その機能を営むものであって、遺族にとって右の給付によって受ける利益は、死亡した者の得べかりし収入によって受けることのできた利益と実質的に同一同質のものといえるから、死亡した者から、その得べかりし収入の喪失についての損害賠償債権を相続した遺族が、右各給付を受ける権利を取得したときは、死者の就労可能年数の間は、右の遺族の受けるべき労災年金と右の得べかりし利益の相続分は重複することになるから、右遺族の加害者に対する損害賠償債権額の算定にあたっては、相続した前記損害賠償債権額から右の年金給付のうち死者の就労可能年数を基準として算出した現価を控除しなければならないものと解するのが相当である。
そして、労働者の収入は、本来賃金として毎月一回以上、一定の期日を定めて支給されるのが原期であるから、その得べかりし利益の喪失分を、遺族が年金の形式で受領することになっても、遺族にとって、不利益なものではないというべきである。
被害者の遺族が、得べかりし利益の現価を一括して支払を受けることの利益は、法技術的なものにすぎないものというべきである。ちなみに、控訴人が援用する最高裁判所の判例によれば、年金を受給できる公務員の遺族は、年金の形式でしか得べかりし利益を受けることができないのであって、右の公務員の遺族の年金と労災保険金の遺族年金との間に、これを別異に解すべき合理的理由はない。
しかして労災保険は、損害保険の一種であるから、労災事故が第三者の不法行為又は債務不履行であるため、被害者が第三者に対して損害賠償債権を有する場合において、保険者の代位の制度(前記労働者災害補償保険法一二条の四)により、保険者(国)は、保険給付を行った限度で受給者(被害者)の加害者に対する損害賠償債権を取得し、その結果、被害者はその限度で加害者に対する損害賠償債権を失うことになり、結果的に加害者に対して賠償請求できる額は、右の保険金の限度で控除減額されることになるわけである。
そして右の理は被害者の遺族が国(保険者)に対して確定した保険金請求債権を有するに至った場合にも同様に解すべきである。
すなわち労災事故について、使用者が労災保険に加入している場合において、被害者の遺族に対して労災補償の年金給付の決定がなされたときは、その決定給付額の限度で被害者は国に対して保険金給付請求権を取得し、その反面被害者は加害者に対する損害賠償債権(但し、死者の就労可能年数を基準として算出した年金の現価を限度とする)を失うことになるものと解すべきである。
しかして、亡矢野泰近の就労可能年数は三七年(前記原判決の認定による)であるから、被控訴人の本件損害賠償債権から控除すべき年金給付額はホフマン計算により現価に換算すると金九一六万九、一八〇円(512,405×(20.6254-2.731)=9,169,180)となるわけである。
三、以上の認定判断によれば、亡矢野泰近の就労可能年数を基準に算出した右年金の現価金九一六万九、一八〇円を被控訴人の本件損害賠償債権額から控除すべきであるから、被控訴人の右損害賠償債権はすべて填補されたことになり、被控訴人は控訴人らに対して損害賠償債権を有しないことになるわけである。
以上の次第で右と結論を異にする原判決を取消し、被控訴人の請求を棄却することとし、民事訴訟法三八六条八九条九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 柏木賢吉 裁判官 菅本宣太郎 高橋爽一郎)